朝ドラ年表(更新中)年度別に歴代ドラマの主な出来事をまとめています

NHK連続テレビ小説

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)をより楽しむために「朝ドラ年表」を作ってみました。年度別にドラマを横断する形で、どの年にどんな出来事があったのかを網羅する形を目指しています。

朝ドラも100作品を超え、時代背景が重なるドラマも数多くなってきたようです。

ドラマでは描かれないけど、実はあの朝ドラのあの人とあの人がどこかで会っていたかも?と妄想想像を掻き立てる企画です。

ただ、すべての朝ドラを網羅するのは非常に難しいので、管理人が覚えている範囲の朝ドラがメインになることを予めご了承お願いいたします。

また、目次が長くて煩わしい場合には、下の目次の隣の「閉じる」をタップすると消えますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

  1. 朝ドラ年表(更新中)
    1. 平成24年(2012年)
    2. 平成23年(2011年)
    3. 平成22年(2010年)
    4. 平成21年(2009年)
    5. 平成20年(2008年)
    6. 平成19年(2007年)
    7. 平成18年(2006年)
    8. 平成14年(2002年)
    9. 平成13年(2001年)
    10. 平成7年(1995年)
    11. 平成4年(1992年)
    12. 平成3年(1991年)
    13. 平成2年(1990年)
    14. 平成元年(1989年)
    15. 昭和61年(1986年)
    16. 昭和60年(1985年)
    17. 昭和59年(1984年)
    18. 昭和58年(1983年)
    19. 昭和55年(1980年)
    20. 昭和54年(1979年)
    21. 昭和51年(1976年)
    22. 昭和50年(1975年)
    23. 昭和49年(1974年)
    24. 昭和48年(1973年)
    25. 昭和47年(1972年)
    26. 昭和46年(1971年)
    27. 昭和45年(1970年)
    28. 昭和44年(1969年)
    29. 昭和43年(1968年)
    30. 昭和42年(1967年)
    31. 昭和41年(1966年)
    32. 昭和40年(1965年)
    33. 昭和39年(1964年)
    34. 昭和38年(1963年)
    35. 昭和37年(1962年)
    36. 昭和36年(1961年)
    37. 昭和35年(1960年)
    38. 昭和34年(1959年)
    39. 昭和33年(1958年)
    40. 昭和32年(1957年)
    41. 昭和31年(1956年)
    42. 昭和30年(1955年)
    43. 昭和28年(1953年)
    44. 昭和27年(1952年)
    45. 昭和26年(1951年)
    46. 昭和25年(1950年)
    47. 昭和24年(1949年)
    48. 昭和23年(1948年)
    49. 昭和22年(1947年)
    50. 昭和21年(1946年)
    51. 昭和20年(1945年)
    52. 昭和19年(1944年)
    53. 昭和18年(1943年)
    54. 昭和17年(1942年)
    55. 昭和16年(1943年)
    56. 昭和15年(1940年)
    57. 昭和14年(1939年)
    58. 昭和13年(1938年)
    59. 昭和12年(1937年)
    60. 昭和11年(1936年)
    61. 昭和10年(1935年)
    62. 昭和9年(1934年)
    63. 昭和7年(1932年)
    64. 昭和6年(1931年)
    65. 昭和4年(1929年)
    66. 昭和3年(1928年)
    67. 昭和2年(1927年)
    68. 昭和元年(1926年)
    69. 大正13年(1924年)
    70. 大正12年(1923年)
    71. 大正11年(1922年)
    72. 大正10年(1921年)
    73. 大正9年(1920年)
    74. 大正7年(1918年)
    75. 大正5年(1916年)
    76. 大正3年(1914年)
    77. 明治45年(1912年)
    78. 明治43年(1910年)
    79. 明治42年(1909年)
    80. 明治38年(1905年)
    81. 明治36年(1903年)
    82. 明治34年(1901年)
    83. 明治29年(1896年)
    84. 明治27年(1894年)
    85. 明治26年(1893年)
    86. 明治24年(1891年)
    87. 明治21年(1888年)
    88. 明治18年(1885年)
    89. 明治17年(1884年)
    90. 明治12年(1879年)
    91. 明治11年(1878年)
    92. 明治8年(1875年)
    93. 明治5年(1868年)
    94. 明治元年(1868年)
    95. 慶応元年(1865年)
    96. 嘉永3年(1850年)
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朝ドラ年表(更新中)

年度別に各ドラマの主な出来事を書き出してあります。ドラマ名の青囲みはNHK東京制作、黄色囲みはNHK大阪制作のドラマになります。

尚、いろいろ調べて書いていますが、間違い等ありましたら、お気軽にご指摘いただければ幸いです。どうかよろしくお願い申し上げます。

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平成24年(2012年)

「あまちゃん」
鈴鹿ひろ美が海女カフェでチャリティーコンサートを開催。

平成23年(2011年)

「あまちゃん」
不良から更生した足立ユイが、天野アキのライブを見るために上京する途中で東日本大震災が発生。鈴鹿ひろ美と荒巻太一が結婚、春子と正宗が再婚。

「半分、青い。」
仙台の病院でユーコが東日本大震災の津波に巻き込まれ死去。享年40歳。

秋風先生から鈴愛たちへの手紙です。「スズメ 律くん 元気だろうか?短い手紙を書きます。人生は希望と絶望の繰り返しです。私なんか そんなひどい人生でも大した人生でもないのにそう思います。でも人には想像力があります。夢見る力があります。生きる力があります。明日を、これからを、どんなにひどい今日からだって、夢見ることはできます。希望を持つのはその人の自由です。もうダメだと思うか、いや行ける、先はきっと明るいと思うかはその人次第です。律くんとスズメには その強さがあると信じています。秋風羽織」。

平成22年(2010年)

「半分、青い。」
鈴愛が五平餅を屋台で売っている時に、アメリカ帰りの律と20年ぶりの再会。

「あまちゃん」
天野春子が、娘アキの個人事務所「スリーJプロダクション」を設立。

平成21年(2009年)

「あまちゃん」
天野アキと足立ユイで、アイドルユニット「潮騒のメモリーズ」結成。天野アキが上京し、「アメ横女学園芸能コース」のメンバーになる。

平成20年(2008年)

「あまちゃん」
東京で生まれ育った16歳の天野アキが春子とともに、祖母・天野夏の家を訪れる。

「半分、青い。」
離婚して梟町に出戻った鈴愛、37歳。律の母・和子が病気で死去。

和子さんの最後の手紙です。「あんたが愛おしい。かわいい。ときどき勝手に東京や京都行ってまった時は憎らしい。フフッ。 律 お母さんはずっといます。見守っとる。あっ また金八先生みたいやって怒られるやろか?あんたが泣かんように あんまりいこと書かんで逝くね。がんばりなさい 律。 あんたは生きとる。そして生きていく。大丈夫や。律へ。母より」。

平成19年(2007年)

「半分、青い。」
花野の5歳の誕生日に、鈴愛に別れてほしいと離婚を切り出す。

平成18年(2006年)

「カーネーション」
小原糸子、3月26日に病院で死去。享年92歳。

平成14年(2002年)

「半分、青い。」
鈴愛と森山涼次の長女・花野(かの)が12月23日に生まれる。

平成13年(2001年)

「カーネーション」
小原糸子、吉田奈津と岸和田中央病院で再会。

平成7年(1995年)

「半分、青い。」
鈴愛は連載漫画を抱えた一人前の漫画家に。律と夏虫駅で5年ぶりに会って告白されるが拒否してしまう。

秋風羽織先生の名言です。「人生とは一方通行だ。引き返す事はできない。いくら鈴愛が律君に「無理だ」と言った意味が そういう意味ではなかったとしても そこに誤解があったとしても もう遅い」。

平成4年(1992年)

「半分、青い。」
小宮裕子が漫画家デビューを果たす。

平成3年(1991年)

「あまちゃん」
東京で天野アキが生まれる。

平成2年(1990年)

「スカーレット」
喜美子52歳、八郎54歳、武志29歳の時、武志が慢性骨髄性白血病と診断され余命宣告される。

「半分、青い。」
律がセンター試験当日、受験票が入ったファイルを鈴愛と取り違えてしまい、京大受験を断念せざるをえなくなり、東京の私大に入学。

鈴愛は、東京・赤坂にある漫画事務所「オフィス・ティンカーベル」でアシスタントとして住み込みで働くことに。

秋風羽織先生の名言です。「心を動かされることから逃げるな。そこには真実がある。楡野いいか 半端に生きるな。創作物は人が試される。その人がどれだけ痛みと向き合ったか。憎しみと向き合ったか。喜びを喜びとして受け止めたか。逃げるな」。

平成元年(1989年)

「半分、青い。」
鈴愛(永野芽郁)と律は高校3年生で、秋風羽織先生のトークショーに出席。五平餅を差し入れる。

昭和61年(1986年)

「ゲゲゲの女房」
布美枝の父・飯田源兵衛、死去。水木プロ20周年パーティー開催。

昭和60年(1985年)

「カーネーション」
優子の次女(糸子の孫)里香が、岸和田の糸子の家で同居を始める。

「あまちゃん」
足立ユイの兄・ヒロシが生まれる(通称ストーブ)。

「ゲゲゲの女房」
布美枝の父・飯田源兵衛が脳梗塞で倒れる。

昭和59年(1984年)

「べっぴんさん」
岩佐栄輔が小野明美と入籍。

「あまちゃん」
天野アキの母親・春子が18歳の時、岩手県北三陸市から東京に上京。

「ゲゲゲの女房」
村井家の長女・藍子が東京都教員採用試験に合格し、小学校教員になる。村井茂の父・修平、死去。

昭和58年(1983年)

「スカーレット」
八郎が12年ぶりに川原家を訪ねてマツの遺影に手を合わす。武志が大学を卒業、信楽窯業研究所で一年間の修業を開始。

昭和55年(1980年)

「半分、青い。」
鈴愛が東美濃市立梟小学校3年の時、ムンプス難聴に罹患し、左耳を失聴する。

昭和54年(1979年)

「スカーレット」
3月、川原武志が京都の美術大学陶磁器学科に入学し、学生寮に入る。10月にカフェ「サニー」で川原マツ、永眠。

昭和51年(1976年)

「あまちゃん」
天野アキの個人事務所「スリーJプロダクション」チーフマネージャー・水口琢磨が生まれる(9月23日)。

昭和50年(1975年)

「べっぴんさん」
足立武が「キアリス」の3代目社長に就任。

「なつぞら」
千遥が夫の清二と離婚し、料理屋「杉の子」を譲り受ける。

泰樹さんの名言「わしが死んでも悲しむ必要はない。自分の魂は、この大地にしみこませておく。それにもう、なつの中に生きている…」。泰樹さん、この時91歳

「とと姉ちゃん」
「暮しの手帖」編集長・花山伊佐次が死去。

昭和49年(1974年)

「なつぞら」
奥原なつが東洋動画を退社。「大草原の少女ソラ」のロケハンで訪れた「雪月」で、岸川亜矢美と7年ぶりに再会。奥原なつと妹の千遥が十数年振りの再会。「大草原の少女ソラ」放送開始。

「とと姉ちゃん」
「あなたの暮らし」の発行部数が100万部突破。

昭和48年(1973年)

「スカーレット」
喜美子の個展開催、そして八郎と正式に離婚する。

「カーネーション」
長女・優子が梶村悟と離婚。三女・小原聡子がロンドンに渡航。

「とと姉ちゃん」
鞠子の娘・水田たまきが「あなたの暮し出版」に入社。

「なつぞら」
山田天陽が死去。享年36歳。なつの娘・優は5歳。

泰樹さんの言葉「天陽に 会いに来た。天陽はここにおる…。そのことをあんたが忘れなければ 天陽はいつまでも生きていられるべ」、山田家のジャガイモ畑で靖枝に対して。

昭和47年(1972年)

「ゲゲゲの女房」
布美枝の弟・及川貴司が上京して布美枝と再会するも、この年、釣り場で海に転落して死去。

昭和46年(1971年)

「スカーレット」
喜美子が穴窯を成功させて、自然釉を生み出す。

「マッサン」
北海道余市町で「スーパーエリー特別賞受賞祝賀式典」開催。

「べっぴんさん」
さくらが娘・藍を出産。

「半分、青い。」
東美濃市梟町で7月7日、楡野鈴愛と萩尾律が生まれる。

昭和45年(1970年)

「スカーレット」
八郎が川原家を出て、喜美子と別居生活となる。

「まんぷく」
まんぷくヌードルの全国発売開始。立花鈴さんの生前お葬式開催。福子の娘・幸が大阪万博でレオナルドと出会い、のちに失恋。

「べっぴんさん」
すみれの娘さくらが「キアリス」に入社し、君枝と昭一夫婦の長男・村田健太郎と結婚。大阪万博ですみれたちが梅田の闇市の元締め・根本と再会。

「カーネーション」
次女・直子が5歳年下の大輔と結婚。

昭和44年(1969年)

「スカーレット」
八郎がGW前に、個展の下見で東京・銀座に行き、そこで有名な子ども服の店を見かける。喜美子が穴窯造りを始める。

「べっぴんさん」
三宮の本社ビルで子供服メーカー「キアリス」創業20周年式典開催。さくら帰国。

「なつぞら」
娘・優の保育園が全部落ちて、下山茜にお世話になり、坂場一久が「マコプロダクション」に入社。

昭和43年(1968年)

「ひよっこ」
谷田部みね子と前田秀俊が入籍。テレビ番組「「家族みんなで歌自慢」に家族全員で出演。角谷三男と安部米子が結婚。

「なつぞら」
奥原なつが長女・優を出産。名づけ親は柴田泰樹。柴田夕見子も長男・雪見を出産。

昭和42年(1967年)

「なつぞら」
奥原なつと坂場一久が結婚。十勝で雪次郎・夕見子夫妻と合同結婚式を挙げて、杉並区西荻窪の小さな家で新婚生活を始める。

なつ30歳、亜矢美50歳の時、光子が40歳で咲太郎と結婚。

「ひよっこ」
記憶喪失の父・実が奥茨木に戻る。朝倉高子と角谷太郎が結婚。

昭和41年(1966年)

「スカーレット」
ジョージ富士川が川原家で即席の実演会を行う。川原八郎が春の陶芸展に出品して、金賞を受賞。

「ひよっこ」
谷田部みね子が「すずふり亭」にホール係として就職。ビートルズが来日し、宗男が武道館の外で「自由」に酔いしれる。すずふり亭で乙女寮同窓会開催。

「あまちゃん」
天野アキの母親・春子が岩手県北三陸市で生まれる(4月12日)。

「ゲゲゲの女房」
テレビ漫画「悪魔くん」の放送が始まる。

昭和40年(1965年)

「スカーレット」
川原喜美子27歳 息子の武志7歳の時、川原家の大黒柱・川原常治、死去。

「カーネーション」
長女・優子が心斎橋に自分の店を持ち独立。次女・直子がパリに渡航。

「ひよっこ」
谷田部みね子が東京の向島電機に就職。年末に向島電機倒産。

「あまちゃん」
清純派大女優・鈴鹿ひろ美が生まれる。

「とと姉ちゃん」
常子たちの母親・君子がガンで死去。

昭和39年(1964年)

「ひよっこ」
奥茨城村の谷田部家では父親・実が東京に出稼ぎに。みね子は高校三年生。

「あまちゃん」
天野アキの祖母・夏が北三陸で行われたリサイタルで歌手・橋幸夫とデュエットする。アキの父親・黒川正宗が東京で生まれる(9月6日)。

「とと姉ちゃん」
目黒に建てた一軒家で暮らす三女の美子家族と常子。

「ゲゲゲの女房」
調布の貸本屋「こみち書房」の女店主・田中美智子が店をたたんで千葉に引っ越す。

昭和38年(1963年)

「べっぴんさん」
すみれの娘さくらがアメリカ留学。

「なつぞら」
東洋動画にテレビ班が作られ、なつが異動。「百獣の王子サム」放送開始。

昭和37年(1962年)

「スカーレット」
川原喜美子の妹・直子は東京・蒲田の熨斗谷電機勤務。

この当時、東京の蒲田には、川原直子と梅ちゃん先生がおりました。蒲田のすごさを常治さんが語っております。

常治:ほんでな 蒲田いうのがな これ 名前も何や けったいいうかな これ…。

常治:蒲田な 蒲田。これ お前 だ~… けったいな もう何か…。

常治:ほんでな その蒲田いうのがな…。

スカーレット(48話11月23日)より。

「梅ちゃん先生」
梅子の城南女子医学専門学校時代の同級生・澤田弥生が、下村建造の愛弟子である山倉真一と結婚。

「ゲゲゲの女房」
東京・調布で村井布美枝が、長女・藍子を出産。

昭和36年(1961年)

「スカーレット」
喜美子と八郎の長男・武志が生まれる。

「マッサン」
養女エマが帰国したのもつかの間、エリーが亡くなる。享年65歳。

「カーネーション」
長女・優子が長女・里恵を出産(糸子の孫)。

「梅ちゃん先生」
安岡梅子が次男・新(あらた)を出産。梅子のかつての交際相手・松岡敏夫が帝都大学医学部の助教授に昇進。下村医院の看護婦・相沢八重子が引退。

「ゲゲゲの女房」
鳥取県米子市で飯田布美枝29歳の時、39歳の村井茂の結婚。新婚旅行をしないで村井茂の住む東京・調布で新婚生活を始める。

昭和35年(1960年)

「スカーレット」
川原喜美子と十代田八郎が結婚。信楽で川原家家族と同居生活始まる。信作(林遣都)は相変わらず信楽町役場勤め。

この辺りから、「べっぴんさん」すみれの娘さくらの暗黒時代が始まりました。入り浸ったジャズ喫茶「ヨーソロー」のドラマー河合二郎は林遣都さん。信楽と神戸を行ったり来たりでしょうか?

「べっぴんさん」
大急・小山小太郎が悦子様と結婚。

昭和34年(1959年)

「べっぴんさん」
すみれたちの「キアリス」が設立10周年。現・今上天皇の洋品の御用達に指名される。

「カーネーション」
糸子の長女・信子が梶村悟と結婚。糸子の次女・直子が若手デザイナーコンテスト「装麗賞」を史上最年少で受賞。

「スカーレット」
川原喜美子が21歳の時に信楽初の女性絵付け師になる。

「なつぞら」
奥原咲太郎が「風車プロダクション」を設立。千遥が十勝の柴田家を訪れる。

「梅ちゃん先生」
梅子の父・下村建造が帝都大学医学部附属病院を定年退職し、千葉県の病院の医院長に就任。

昭和33年(1958年)

「まんぷく」
立花萬平が世界初の即席ラーメン「まんぷくラーメン」を発明。8月25日、大阪・大急百貨店で試食販売開始。

「とと姉ちゃん」
小橋家の三女・美子がキッチン森田屋の南大昭と結婚。

「梅ちゃん先生」
安岡梅子が蒲田で長男・太郎を出産。

「なつぞら」
小畑雪次郎が川村屋を辞めて役者になる。山田天陽が靖枝と結婚。信哉は帯広支局に転勤。

泰樹さんの名言「人間は一人で生きようと思えば 寂しいのは当たり前じゃ。それでも一人で生きなきゃならん時が来る。誰といたってもだ。家族といたって一人で生きなきゃならんだ。だから支え合う。離れていたって支え合える。わしとお前は支え合ってるべ?

昭和32年(1957年)

「まんぷく」
立花萬平が池田信用組合の理事長を辞職。一家は家賃2000円の借家に転居。

「なつぞら」
なつと咲太郎が、信哉が捜してきた千遥の情報を元に船橋の親戚の家を訪ねる。照男・砂良夫婦が新婚旅行で「風車」を訪れる。

昭和31年(1956年)

「スカーレット」
川原喜美子が丸熊陶業で雑用係として働き始める。

「なつぞら」
奥原なつが東洋動画の仕上課の採用試験に合格。

「梅ちゃん先生」
下村梅子が幼なじみの安岡信郎と結婚。梅子の姉・松子が長男・孝介を出産。

昭和30年(1955年)

「なつぞら」
新宿のストリップ劇場で奥原なつが兄の咲太郎と9年ぶりに再会。

「とと姉ちゃん」
銀座の「あなたの暮らし」は、「商品テスト」記事が大好評。アカバネ電器社長の嫌がらせ有り。

「梅ちゃん先生」
下村梅子、帝都大学医学部附属病院を退職し、下村医院を開業。

昭和28年(1953年)

「スカーレット」
16歳の川原喜美子が大阪の荒木荘で働き始める。

昭和27年(1952年)

「花子とアン」
花子、「赤毛のアン」出版記念会でスピーチをする。

「梅ちゃん先生」
下村梅子、医師国家試験に合格。帝都大学医学部附属病院に就職し第一内科に配属。

昭和26年(1951年)

「花子とアン」
村岡家で、自宅敷地に小規模な図書館「歩文庫」を開館。

昭和25年(1950年)

「とと姉ちゃん」
常子の妹・鞠子が経理担当の水田正平と結婚。

昭和24年(1949年)

「まんぷく」
立花萬平が池田信用組合の理事長に就任。香田タカが大阪帝大に合格。

「べっぴんさん」
すみれたちの「キアリス」が法人化。紀夫が経理職で入社してくる。初代社長には麻田茂男が就任。

「マッサン」
亀山酒造の蔵人・俊夫が妻のハナを連れて広島へ帰る。ハナの父である会津出身の森野熊虎も一緒に旅立つ。

昭和23年(1948年)

「マッサン」
亀山政春の甥・悟が戦地から復員してきて、政春とともに国産3級ウイスキー「余市の唄」を作り始める。

「カーネーション」
小原糸子が周防龍一と再会し、周防にお金を貸して隣町にテーラーを出店。

昭和22年(1947年)

「スカーレット」
川原喜美子9歳、直子5歳、百合子1歳の時に大阪から信楽に夜逃げ。

「カーネーション」
小原糸子が泉州繊維商業組合長のかばん持ちをしていた周防龍一と禁断の出会い。

「まんぷく」
泉大津で立花福子が長男・源を出産。立花萬平がGHQに逮捕される。

「てるてる家族」
母親・照子が次女・夏子を出産。

「ごちそうさん」
め以子の長男・泰介が戦争で中止になっていた野球の甲子園大会を復活させるべく、GHQとの交渉に奔走。西門悠太郎が復員。

「なつぞら」
奥原なつ9歳、柴田剛男に連れられて北海道十勝にやって来る。

泰樹さんの名言「ちゃんと働けば必ずいつか報われる日が来る。報われなければ働き方が悪いか働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げ出しゃいいんだ。だが一番悪いのは人がなんとかしてくると思って生きることじゃ。人は人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていればきっと誰かが助けてくれるもんじゃ」。

「梅ちゃん先生」
下村梅子が通う「食事処みかみ」の女将の夫・三上和也が復員。

昭和21年(1946年)

1946年(昭和21年)時点での朝ドラヒロインたちの居場所と年齢図表(大阪編)

「スカーレット」
大阪で川原家の三女・百合子が生まれる。小池アンリ初出演の映画「吹き荒れる青春の日々悔いあらためよ」が上演される。

「まんぷく」
塩作りのために14人の男たちが集められ「たちばな塩業」発足&塩軍団結成。

「わろてんか」
伊能栞が帰国し、隼也も復員。青空喜劇「北村笑店物語」を開演。

「カーネーション」
岸和田にいた小原糸子が幼馴染の吉田奈津が“パンパン”になっていたのを救い出す。糸子の父方の祖母(善作の母)小原ハル、死去。

「マッサン」
北海道・余市町に住んでいる亀山政春 52歳、エリー50歳。

「なつぞら」
北海道・十勝に住んでいる柴田泰樹 62歳。

「花子とアン」
花子の父・安東吉平が花子のラジオ放送を聴きながら死去。

昭和20年(1945年)

「スカーレット」
東京で松永三津が生まれる。

「わろてんか」
てんが北村笑店を解散し、つばき親子トキ親子とともに滋賀の米原に疎開。

「ごちそうさん」
長女・ふ久(ふく)が出産。め以子と長男・泰介が和枝の嫁ぎ先に疎開。泰介が学徒出陣で出征。次男・活男が戦死。

「カーネーション」
糸子の夫・小原勝が中国で戦死。

「なつぞら」
東京大空襲で奥原三きょうだいの母親が死去。三きょうだいは戦災孤児に。

「花子とアン」
葉山蓮子と宮本龍一の息子・純平が戦死。葉山蓮子、一晩で白髪になる。花子、Anne of Green Gables」の翻訳を完成させる。

昭和19年(1944年)

「まんぷく」
立花萬平と福子と鈴が兵庫県黒竹村に疎開。

「べっぴんさん」
坂東すみれが長女・さくらを出産。夫・紀夫は出征。

「わろてんか」
てんの息子・隼也に召集令状が来る。

「ごちそうさん」
次男・活男が海軍の主計課に志願して入隊。西門悠太郎が軍属として満州に旅立つ。

「あまちゃん」
天野アキの祖母・夏が岩手県北三陸市で生まれる。

「とと姉ちゃん」
常子が甲東出版の蔵書で貸本業を始める。

昭和18年(1943年)

「べっぴんさん」
神戸で坂東すみれが田中紀夫と結婚。紀夫は坂東家の婿養子となる。

「カーネーション」
糸子の父・善作が大火傷を負い、石川県で療養中に客死。享年59歳。

「花子とアン」
葉山蓮子と宮本龍一の息子・純平が、学徒出陣で陸軍に入隊。

昭和17年(1942年)

「まんぷく」
大阪で立花萬平と今井福子が結婚。

「べっぴんさん」
神戸で野上潔に召集令状が届き、坂東家長女のゆりと結婚。

「カーネーション」
糸子の夫・小原勝が出征。

「とと姉ちゃん」
常子の祖母で君子の実母である青柳滝子が、青柳商店を畳んで深川を去る。

昭和16年(1943年)

「スカーレット」
大阪で川原家の次女・直子が生まれる。

「まんぷく」
大阪で今井福子の姉・咲が結核で死去。萬平が冤罪で憲兵隊に逮捕される。

「ゲゲゲの女房」
栃木のかんぴょう農家で、菅ちゃんこと菅井伸が生まれる。

昭和15年(1940年)

「ごちそうさん」
食材が入手困難な中、め以子は周囲に食事をふるまい、「ごちそうさん」と呼ばれるようになる。

昭和14年(1939年)

「わろてんか」
てんの息子・隼也とつばきの間に藤一郎が生まれる。伊能栞が伊能商会から追い出され、北村笑店に入社。

「花子とアン」
花子がスコット先生からルーシー・モンゴメリ作の児童書「Anne of Green Gables」をプレゼントされる。

昭和13年(1938年)

「スカーレット」
大阪で川原家の長女・喜美子が生まれる(おそらく早生まれ)。

「まんぷく」
今井福子が、大阪東洋ホテルに電話交換手として就職。

「わろてんか」
てんの息子・隼也が北村笑店25周年事業で詐欺に遭う。その時に出会った銀行頭取の娘つばきと駆け落ち。

昭和12年(1937年)

「なつぞら」
東京で奥原なつが生まれる(8月15日)。

昭和11年(1936年)

「スカーレット」
大阪で十代田八郎が生まれる。

昭和10年(1935年)

「とと姉ちゃん」
小橋一家が遠州・浜松から東京・深川に転居。

昭和9年(1934年)

「べっぴんさん」
神戸ですみれの母親・坂東はなが病気で亡くなる。

「わろてんか」
大阪の北村笑店が日本一の日本最大の寄席チェーンになる。

「カーネーション」
糸子が、自らの洋裁店「オハラ洋装店」を立ち上げる。

昭和7年(1932年)

「ごちそうさん」
大阪で悠太郎・め以子が同居9年目にして祝言を挙げる。悠太郎の父・正蔵が死去。

「ゲゲゲの女房」
鳥取県米子市で、飯田布美枝が生まれる。

昭和6年(1931年)

「とと姉ちゃん」
遠州・浜松で小橋家の大黒柱・小橋竹蔵が肺がんで死去。

「なつぞら」
「雪月」の店主・小畑雪之助が17歳の時に、新宿「川村屋」で修行。

昭和4年(1929年)

「梅ちゃん先生」
東京・蒲田の下村家の次女として、下村梅子が生まれる(5月5日)。

昭和3年(1928年)

「カーネーション」
髪結い屋・安岡玉枝の息子・泰蔵と八重子が結婚。

「エール」
古山裕一が川俣銀行に入行。2年間務める。

昭和2年(1927年)

「ごちそうさん」
西門悠太郎の妹で西門家の六女・希子が「大阪ラヂオ放送」のアナウンサーとして採用される。

昭和元年(1926年)

「べっぴんさん」
神戸で坂東すみれが生まれる。

「花子とアン」
東京で花子と村岡英治の長男・歩が疫痢にかかり5歳で急逝。

大正13年(1924年)

「花子とアン」
東京で葉山蓮子と宮本龍一が結婚。息子・純平と三人で暮らしことに。

大正12年(1923年)

「スカーレット」
滋賀県大津市にある小池紡績のお嬢様として、小池アンリが生まれる。

「ごちそうさん」
卯野め以子と西門悠太郎が大阪の西門家で同居生活を始め、長女・ふ久(ふく)を出産。

ここから、義姉・西門和枝からの「いけず」が始まりました。

「花子とアン」
村岡印刷・英治の弟・郁弥が花子の妹かよにプロポーズした直後に関東大震災が発生し、死去。

この年、9月1日のお昼に関東大震災が起こりました。

大正11年(1922年)

「ごちそうさん」
東京で帝大生の西門悠太郎が卯野家に下宿し始める。

「ゲゲゲの女房」
鳥取県境港市で、村井茂が生まれる。

「なつぞら」
十勝川が氾濫し、柴田家の家屋と畑、牛舎が流される。

大正10年(1921年)

「花子とアン」
東京で花子と村岡英治に長男・歩が生まれる(9月13日)。

大正9年(1920年)

「半分、青い。」
楡野鈴愛の祖父・仙吉が生まれる。

「花子とアン」
東京で安東はなと村岡英治が結婚(英治は再婚)。この時に「花子」と名乗ることを神前で誓う。

ほどなくして、葉山蓮子と宮本龍一が駆け落ち。

「とと姉ちゃん」
遠州・浜松で小橋常子が生まれる。

「まんぷく」
大阪で今井福子が生まれる(8月16日)。

「マッサン」
亀山政春が帰国し、スコットランドから連れてきたエリーと結婚。

大正7年(1918年)

「マッサン」
大阪・住吉酒造の社長の援助で、亀山政春がスコットランドにウイスキーの作り方を学ぶために留学。

大正5年(1916年)

「わろてんか」
北村笑店が人気落語家・月の井団吾と専属契約する。

大正3年(1914年)

「わろてんか」
大阪で藤岡てんが長男・隼也を出産。

「カーネーション」
岸和田で小原家の長女・糸子が生まれる。父・善作、母・千代。

「なつぞら」
北海道・十勝で柴田富士子が生まれる。

明治45年(1912年)

「エール」
愛知県豊橋市で関内家の三姉妹の次女として、関内 音(せきうち おと)が生まれる。

明治43年(1910年)

「まんぷく」
台湾で立花萬平が生まれる(3月5日)。

「わろてんか」
大阪で藤岡てん17歳の時、北村藤吉と駆け落ちする。

明治42年(1909年)

「エール」
福島県福島市の老舗呉服屋で、古山裕一が生まれる。

明治38年(1905年)

「ごちそうさん」
東京・本郷の西洋料理店「開明軒」の長女・卯野め以子が生まれる。

明治36年(1903年)

「あさが来た」
あさの娘・千代が白岡啓介との娘多津子を出産。

「花子とアン」
安東はなが、10歳で東京の修和女学校に給費生として入学。

明治34年(1901年)

「あさが来た」
日本初の女子大学校「日の出女子大学校」開校。

「あさが来た」
日本初の女子大学校「日の出女子大学校」開校。

明治29年(1896年)

「マッサン」
スコットランドで医者の娘として、エリーが生まれる(11月10日)。

「あさが来た」
あさの父親・今井忠興が死去。

明治27年(1894年)

「マッサン」
広島県竹原で亀山政春が生まれる(11月10日)。

明治26年(1893年)

「わろてんか」
京都の薬問屋「藤岡屋」の長女・藤岡てんが生まれる。

「花子とアン」
山梨県甲府で村岡花子(旧名・安東はな)生まれる。

明治24年(1891年)

まんぷく」
大阪で今井鈴が生まれる(7月18日)。

明治21年(1888年)

「あさが来た」
あさ念願の加野銀行が開業。

明治18年(1885年)

「花子とアン」
村岡花子の「腹心の友」、葉山蓮子が生まれる。花子より8歳年上。

「あさが来た」
五代友厚死去。

いわゆる 五代ロス現象が日本中で巻き起こりました。五代様~!

明治17年(1884年)

「なつぞら」
富山県で柴田泰樹が生まれる。

この企画で最大の驚きは、泰樹さんの年齢かもしれません。「まんぷく」鈴さん、そして北村てん、村岡花子よりも年長です。

明治12年(1879年)

「あさが来た」
加野屋の番頭・亀助と女中のふゆが結婚。

明治11年(1878年)

「あさが来た」
あさが、 五代友厚の勧めで初めて東京に来る。

明治8年(1875年)

「あさが来た」
あさが、 一人娘の千代を出産。

明治5年(1868年)

「あさが来た」
あさが、譲られた蔵野炭坑を視察に九州・筑前に旅立つ。

明治元年(1868年)

「あさが来た」
眉山惣兵衛が当主の天王寺屋が家族全員で夜逃げ。

慶応元年(1865年)

「あさが来た」
今井あさが白岡新次郎と結婚。姉のはつも眉山惣兵衛と結婚。

「白蛇さん」と呼ばれた眉山惣兵衛が、昭和に入って「なつぞら」で劇中劇「白蛇伝説」の演出をするという柄本佑さんの朝ドラ出演の軌跡です。

嘉永3年(1850年)

「あさが来た」
今井あさが生まれる。

アメリカのペリー提督が浦賀沖にやって来るのがこの三年後で、激動の中で生まれた今井あさ、という感じでしょうか。

直近の朝ドラに関しては、個人的にセリフを書き起こした中から各出来事を抽出していますが、分からない点については、ウィキペディアの「連続テレビ小説」を参照させていただいておりますので予めご了承下さい。

※データ参照元:ウィキペディア「連続テレビ小説」

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