「テセウスの船」と植松聖被告の判決。大量殺人に麻痺してませんか?

コラム

TBS日曜劇場「テセウスの船」、一体誰がみきおの共犯者で黒幕なのか?真犯人は?という感じで、来週が最終回。犯人予想でSNSは大いに盛り上がっていますが、なんだかなあという気分。

実はこのドラマ、途中から見るのを止めていました。その理由は「自分が麻痺している」と思ったから。

何に麻痺しているかというと、大量殺人に対しての感覚。この物語の根本は、平成元年に北海道・音臼村の小学校で、児童含む21人が毒殺された事件の存在。

小学生の大量殺人ということで、たとえこれが漫画の世界だとしても悲惨凄惨な出来事で、この異常さに慣れてしまってないか自分?という内省です。

別に妙な正義感を声高に主張したいわけじゃなく、ただ、大量殺人に対する嫌悪感や拒否感などの感覚が鈍っていると感じることそのものが気色悪いなあと。

無実の父親を救うために、過去と現在を行ったり来たりのタイムスリップ、まあ、ツッコミどころ満載ですが、それはそれで受け入れましょう。

でも、いとも簡単に殺人事件が起こり、それも犠牲者の多くは小学生という、なんとまあ残酷なドラマなことか。

僕は子どもがいないので、親の感情は分かりませんが、小学生の子どもを持つ親御さんたちは、どんな気持ちでこのドラマを見ているんでしょうか?

ドラマはあくまでフィクション、実際の社会ではこんなことは早々起きない、そう思っている人もいるんでしょうね。

偶然なんでしょうけど、本日3月26日に、植松聖被告に判決が出ました。主文後回しの死刑判決。

いわゆる、やまゆり園事件。この施設の元職員・植松聖被告が所持していた刃物で入所者19人を殺害し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた戦後最悪の大量殺人事件。

何を心配するかというと、このような犯罪が生まれる土壌として、殺人はしてはいけない、ましてや連続殺人はありえないという感覚が薄れてるんじゃないかと「テセウスの船」を見ながら思うわけです。

そういえば、日テレ「あなたの番です」も連鎖殺人の物語で、初回だけ見てドロップアウトしたものです。

確かにフィクションのドラマであれば、殺人事件は当たり前のように出てきますが、これを当たり前と書いてしまうほど、自分の中で何かが狂っているんじゃないかと。

ということで、やはり悪は悪で絶対に許されない、やられたらやり返すということで次回の「半沢直樹」で溜飲を下げたいと思います。

考え過ぎだよと思いつつ、春の嵐を前に自問自答してみました。

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文:管理人
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