越路吹雪物語(31話2月19日)八重子は引き揚げ船で栄養失調による衰弱死か?

テレビ朝日・帯ドラマ劇場「越路吹雪物語」(31話2月19日)、美保子を訪ねてきた武藤大介の口から出た言葉は「八重子は死んだ」。
中国から日本への引き揚げ船の中で、栄養失調による衰弱死。樺太から着の身着のまま逃げ出し、食べる物も無く、それでも2人の子供だけには何か食べさせないといけないと必死だったやえちゃん。

無事に帰国したやえちゃんの旦那が、新潟のやえちゃんの家族に言ったことを大介が聞いて、それをコーちゃんに。

涙でカレーライスが食べられないコーちゃんに、大介が「腹一杯食べたかった八重子の分も俺は食う」と、涙を流しながら食べる姿を見て、やはり戦争はダメだと痛感のお昼時。

一晩中、やえちゃんからの手紙を読み返し、自身の身の振り方を考えたコーちゃんは、翌日、宝塚の大塚理事長の下へ。

今度は口頭ではなく、直筆の退団届けを出すのだったが、それを受け取れないと返す理事長。それでも引かないコーちゃんは、もう一度、退団届けを差し出すと…。

大塚理事長が取り出したのは、映画「東京の門」の台本。宝塚の舞台にも立つという条件で、宝塚以外の仕事をしてもいいという理事長からの提案だった。

それを無邪気に喜ぶコーちゃんだったが、東京で一ヶ月もの撮影が有ると気付いて悩む理事長。コーちゃんを1人だけ東京に行かせてよいものかと悩む視線の先に居たのは、コーちゃんの姉を自認する時子だった。

こうしてコーちゃんのマネージャー・岩谷時子が誕生、という感じだったでしょうか。

コーちゃんの夢は「越路吹雪として生き続けること」。大介から「俺たち、八重子の分も頑張って生きよう」の言葉も、やえちゃんの生前の苦労した姿も、全てが重なってコーちゃんの夢はしっかりと根を張った、ということでしょう。

ちなみに、今回のコーちゃん退団の際に、お時さんがマネージャーで付くこと、映画「東京の門」に出演することも史実通りのようです。

「東京の門」は、読売新聞に連載されていた田村泰次郎氏の原作の映画化。東宝が制作を手掛け、コーちゃんの役どころは、女ながらも「銀座民報」という小新聞を発行する女社主・立川真紀役。

銀座界隈に巣食うや暴力団などの暴露記事で、悪党を追い詰めるという話らしいです。まさにコーちゃんのイメージにぴったりで、東宝の目の付けどころは間違っていなかったと書いて、思い出したのが今朝の「わろてんか」。

アメリカの「マーチン・ショウ」の興行権詐欺に遭った隼也でしたが、その目の付けどころは間違っていなかったと伊能栞社長が言った時代設定は、昭和10年。こちら「越路吹雪物語」は、昭和25年の出来事でした。
(C)テレビ朝日「越路吹雪物語」31話
出典:テレビ朝日「越路吹雪物語」番組公式サイト
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越路吹雪物語キャスト紹介とネタバレ感想を最終回まで(大地真央&瀧本美織主演)
(C)テレビ朝日「越路吹雪物語」

※このコラム内の写真は、テレビ朝日「越路吹雪物語」公式サイトからの引用になりますので予めご了承お願いいたします。
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