スカーレット第18週のネタバレあらすじ。昭和53年、武志17歳喜美子40歳

朝ドラ

第18週の「スカーレット」は、週の半ばで時代が一気に7年飛んで、昭和53年(1978年)1月になります。

史実的に、この時期に放送されていた朝ドラは「風見鶏」

和歌山県太地町で鯨のもり打ちの娘として生まれたヒロイン・ぎん。俘虜収容所を脱走したドイツ人のパン職人が太地町に流れ着き、やがて結婚。

しかし戦争で生き別れ、その後、本格的なパン作りに情熱を傾けるヒロイン…、というお話でした。

ヒロインを演じたのは新井春美(※現在は新井晴み)さん。かすかに記憶が残っていて、おきれいな方だと子ども心に思っていたものです。

で、世の中的には、この年の1月にTBS「ザ・ベストテン」やテレビ朝日「暴れん坊将軍」の放送も始まりました。

そんな中で「スカーレット」の川原喜美子は40歳になり、武志は高校二年で17歳。物語は、まず7年前の出来事からスタートです。

スカーレット第18週のネタバレあらすじ

昭和45年、八郎が川原家を出て別居。一方、覚悟を決めた喜美子は、借金をして穴窯の窯焚きを続けることに。

4回目の窯焚き
火の流れや温度計の位置など工夫するも、思い描いた色が出ず失敗。

5回目の窯焚き
煙突の穴を調整し土の配合を変えてみたら、試し焚きの中で手応えのある発色が有った。

6回目の窯焚き
さらに研究を重ね、灰の量がもっと必要だと確信し、ある仮説までたどり着く。

しかし、ここで資金不足の事態に陥る喜美子。

八郎との別居生活が世間に知れ渡るにつれ、喜美子への仕事の依頼が減っていたのだ。

そんな喜美子に救いの手を差し出してくれたのが窯業研究所の橘ひろ恵。絵付け小皿の大口注文を紹介してくれたのだ。

しかし実際のところは、八郎と三津の関係が喜美子との別居の原因というウワサが広まっていて、依頼主が喜美子に同情したらしい…。

そんなウワサは窯業研究所の柴田の耳にも入っていて、八郎に信楽を離れるよう勧めるのだった。

京都の陶磁器研究所に空きがあるから、そこに移れと。

八郎は柴田の知人の窯を借りて作陶していて、武志とも定期的に会っている状況。そんな中で信楽を離れて京都に行く…、

この先どうするか、すぐには決められない八郎だった。

そんなある日、あの草間宗一郎が喜美子を訪ねてきた。実は、喜美子の状況を見かねたマツが、草間に手紙を送っていたのだ。

頑張っている喜美子を励ましてほしい、マツの母心だった。

喜美子はこれまでの穴窯との格闘の経緯を事細かく草間に話した。草間には穴窯の知識はなかったが、静かに喜美子の言うことに耳を傾けてくれる。

それだけで喜美子は、草間から励まされていると感じるのだった。そして、

次が最後の挑戦や…、それでも、やってきます。

それを聞いた草間は、昔、慶乃川からもらった小さなタヌキの置き物をお守り代わりに喜美子に渡そうとした時、ふいに慶乃川を思い出す草間。

喜美ちゃん、土の配合変えるって言ったけど、あの時、土を掘ってた、慶乃川さん…。

喜美子は走った。昔、慶乃川が土を掘っていた場所へ。そして慶乃川の笑顔を思い出しながら、信楽の土を懸命に掘り起こした。

●慶乃川と草間、そして喜美子が話した土堀場の回はこちらです。

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百合子と信作の結婚。喜美子と八郎と同じように、結婚式は挙げずに両家で記念撮影。

そんな信作から、喜美子が7回目の窯焚きに臨むこと、それも2週間も続けることを聞き、愕然とする八郎。

2週間ということで人手が足りず、大阪の鮫島と直子も呼ばれ、信作も手伝うと言う。

喜美子たちが打ち合わせしていると、血相を変えて八郎が工房にやっていた。

2週間、焚き続けたら窯がもたんで?

火事を心配する八郎。でもそれも承知の上でやると言う喜美子。八郎はこれまで押し隠していた胸の内を語るのだった。

前に言うてたな 同じ陶芸家なのになんで気持ち、分からんのって。僕にとって喜美子は陶芸家やない、女や。ずっと男と女やった。頼む、危険なことせんといてほしい。

心から心配してくれる八郎に感謝の言葉を言いながら喜美子はきっぱりと言い切った。

うちは、陶芸家になります。

7回目の窯焚き
火の神様へ感謝しつつ、2週間、ずっと薪を窯に放り込む喜美子。そして、ついに最後の夜を迎え…。

窯の一部が崩れ、穴から炎が噴き出した。火事やぁ! マツが駆け込んできて、消火しようとすると、喜美子が

けしたらあかん!水より薪や! もっと火を焚くんやあ!

火の神様に憑りつかれたように炎に立ち向かう喜美子だった。

窯を冷やすこと2週間、喜美子は穴窯の蓋を開けた。そこにあったのは、目指していた色どりが施された器。

喜美子の夢が叶った瞬間だった。感激の涙を浮かべながら、喜美子は庵堂ちや子に手紙を書いた。

「ええ色が出ました。取材に来て下さい。信楽の小さい工房にいます。陶芸家 川原喜美子」。

昭和53年(1978年)1月
穴窯の成功から7年が経っていた。この時、喜美子40歳

仕事は順調で、穴窯は4か月に一度、若い陶工をバイトで雇って焚いている。

また、喜美子の支援者である住田秀樹が、マスコミ取材などの管理をやってくれている状況。

そして、マツさん。この頃は老いが忍び寄り、同じ話を何度もするように。ちやこの記事、自然釉の発明、陶芸家・川原喜美子、個展の話、借金返済…。

7年前の穴窯成功からの一連の出来事を喜美子から聞くのが、今一番の楽しみだった。

百合子には、桜と桃という娘が2人できていて、お父ちゃんとなった信作は相変わらず。

武志は高校2年生。家族想いの優しい青年に成長していた。陶芸は高校に入った頃に興味を持ち、それから喜美子に教わり始めた。

ある晩、進路について喜美子と話していた時、武志は胸の奥に隠していた本音をさらけ出し…。

お母ちゃんは陶芸家として成功した代わりに、大事なもんを失った。そこまでして一生懸命、陶芸やっていけるか、分からん…。

言葉を失う喜美子だった。

7年前

八郎は成功した穴窯の作品を見に来ていた。しばし茫然とその器を見つめ、夫婦ノートに「すごいな」と書き記して去って行った。

それをきっかけに、八郎は設樂を去って京都に行き、その後さらに愛媛に移ったことを、個展会場で柴田から初めて聞いた喜美子。

別居から2年が経っていた。

そして、個展会場で芳名帳をめくると、そこには十代田八郎の名前が。喜美子は、このしばらくのち、離婚届を八郎に送ったのだった。

武志が進路を決めかねている中、友人たちは大学進学を決めていた。そんなある日、武志は自分の部屋で箱一杯に詰まった手紙を取り出していた。

差出人は十代田八郎、受取人は大野信作。

信作が、この5年間、喜美子に黙って八郎の手紙を武志に渡し続けていたのだ。

武志はその手紙に書かれていた電話番号に、電話をかけると

お父ちゃん? 武志やで…?

武志の感極まった声を、偶然聞いてしまったマツは、切なくなるのだった。

武志が八郎に会った日は、その帰りが遅かった。そして喜美子に

決めたで、高校卒業後の進路。京都の美術大学を受験します。そこの陶磁器学科で学んで、陶芸家を目指します。

その大学は八郎が卒業した公立大学だった。

昭和54年(1979年)3月
武志は念願の志望校に合格し、4月からは京都の学生寮に入ることに。

喜美子は、八郎が武志の相談に乗っていることに気付いていた。武志もそれを隠さず喜美子に話した。そして、八郎は今、名古屋の会社で働いているとも。

ずっとな、手紙もろてな。たあいない手紙や。必ず最後は同じこと書いてきた、「会いたい」。

だから、何年も離れて暮らしていても、昔と同じように会えたんだと武志が笑った。その顔を見ながら、改めて大事な人を失ったんだと思う喜美子だった。

「スカーレット」ネタバレあらすじを最終回まで!出演者キャスト一覧有り

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