西郷どん3話ネタバレあらすじ。「子どもは国の宝」でお由羅騒動勃発

NHK大河ドラマ「西郷どん」第3話「子どもは国の宝」のネタバレあらすじです。第1話の吉之助の子供時代から第2話ですぐに青春期に入り、怒涛の展開を見せている西郷どん。

年貢を徴収する役人の補佐として働く吉之助が見たものは百姓たちの困窮ぶり。その状況を斉彬に伝えようと身分を顧みずに意見書を書いた吉之助。しかし、それを上奏する途中で、貧しい農家の娘ふきが借金の片に連れさられそうになり、身を挺して防いだ吉之助だったが、意見書を斉彬に手渡す機会を失ってしまった、というのが前回2話「立派なお侍」の話だったかと。

さて、西郷どん第3話「子どもは国の宝」は一体どんな展開になのるか?ネタバレになりますので、お読みになる際はくれぐれもご注意ください。※知りたくない人は読まないようにしてください。

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西郷どん3話「子どもは国の宝」ネタバレあらすじ

藩の会計係の仕事を細々とやっている吉之助の父・吉兵衛。俸禄も少なく、それだけでも家計が苦しいというのに、この男は性欲だけはやたら強く、西郷家にはまた男子が生まれていたのである。この時家族総勢11人。

吉之助の俸禄を合わせてもその日を食っていくのが精一杯という、百姓たちにも負けず劣らずの貧乏ぶり。そんなところに三男が下痢になったり、祖父の龍右衛門が寝込んだりと、病が西郷家を襲っていたのだった。

こんな時は栄養のある食べ物を食べさせたい、でもそれさえも出来ない困窮ぶりに吉兵衛は意を決したのである。侍の魂である刀を質に入れると。

しかし、それを聞いた妻の満佐が激怒。かくして吉兵衛は方策が尽き、もう借金をするしかないと思い詰めて…

一晩明けて、御用人(用頼み)として仕える赤山靱負の屋敷にに行った吉兵衛は、赤山靱負に愚痴をこぼすのであった。昔から西郷家の者たちをよく知る赤山靱負は、吉兵衛にいたく同情し、金を貸してくれそうな商人を紹介してくれたのだった。

すぐにその商人の大きな屋敷に足を運ぶ吉兵衛と吉之助親子だったが、金を借りに来る態度とは思えない傲慢さを見せる吉兵衛に対して、その商人・板垣は即座に金は貸せないと。

すかさず吉之助が頭を深々と下げたのだった。正直に西郷家の窮状を伝え、そして心から金を貸して欲しいとお願いしたのである。

その実直さが、商人・板垣の心を動かし、ようやく金を借りることができた吉兵衛と吉之助。これで白い米を弟たちに食べさせてあげられる、喜び勇んで帰る途中、またもや騒動に巻き込まれる吉之助。

店から芋を結んだ子供が、その店の使用人たちに捕まってきついお仕置きを受けていたのだ。「子供は国の宝でごわす」と言い、子供を助ける吉之助であったが、当の子供はすぐに芋を拾ってまた逃げ出してしまったのである。

一方、江戸の薩摩藩主では、斉彬が哀しみに暮れていた。次男の男子が亡くなったのだ。これで4人も子供を亡くしたことになり、藩士の間では、誰かが呪い殺しているのではないのかという噂話が、まことしやかに流れていた。

金を借りることができた西郷家では、久しぶりの白米に喜びの声が挙がっていた。家族はもちろんのこと、使用人の熊吉にも笑顔が広がり、つかの間の幸せをかみ締める西郷家の人々。しかし、この借金は後々まで西郷家を苦しめるということを誰もまだ気付いてはいなかったのである。

田んぼの見回り中、吉之助は見覚えのある子供に気付いた。あの芋を結んだ子供であった。よく見ると風呂敷包みに家財道具一式を包んで家族ともども山の方に歩いていくではないか。

吉之助は子供に声をかけながら、その様子を見てすぐに気付いたのである。これは“走り”つまり夜逃げであると。そして子供は百姓の子ではなく、れっきとした侍の子であった。しかし父親は娘の薬代を調達しようとして逆に騙されて遠島送りになってしまったと言う。

ふきを助けられなかった負い目を感じていた吉之助は、この家族にも深く同情してしまうのであった。この母子が今やろうとしていることは脱藩行為であり、見つかったら死罪になってしまう。吉之助は自分がなんとかすると言い、持っていた米と荷車をこの母子に渡すのだった。

赤山靱負の屋敷に吉之助と正助(大久保利通)の姿があった。自然と芋泥棒の子供の話になり、子供の父親・中村与右衛門に言及する2人。

貧しいながらも薩摩武士として一生懸命に生きる侍を、貧しさゆえに追い込んでしまう今の藩のやり方は間違っている、吉之助と正助の意見をじっと聞いていた赤山靱負は重い口を開いたのだった。近いうちに斉彬様が藩主になるであろう。薩摩は変わると。その言葉を聞いて吉之助と正助、そして糸の瞳が輝くのであった。

実は吉之助が書いていた意見書は、赤山靱負の手を通して斉彬に届いていたのだ。吉之助の思いに突き動かされた斉彬は、福山藩主・阿部正弘に書状を書いた。

その中には、幕府には秘密で行われていた薩摩藩と異国との密貿易、その全容が書かれていたのである。全ては幕府の威光を借りて、斉彬の父である斉興を失脚させるためであった。

すぐに幕府の実力者だった阿部正弘は江戸城に薩摩藩家老・調所広郷を呼びつけ、事の真偽を問いただした。やがて調所広郷は全て己の独断と言い残して自害したのである。享年72歳。

その死の知らせに斉彬も胸を痛めていた。反斉彬の先鋒ではあったが、薩摩藩を立て直すという志は同じ。亡骸を手厚く弔うよう家臣に命じる斉彬だった。

一方、薩摩藩では家老・調所広郷自害の知らせで藩主・斉興が激怒していた。しかも江戸薩摩藩邸でまことしやかに流れていた噂話、誰かが斉彬の子を呪い殺しているという話が薩摩にも伝わり、呪っているのは由羅ではないかという噂になって、それが由羅の耳にも入り…

かくして、斉彬をよく思わない斉興が、藩中の斉彬支持派を一掃する大事件が勃発するである。いわゆる“お由羅騒動”である。

その騒ぎは郷中にも広がり、不安を隠せない吉之助たちであったが、さらに衝撃的な知らせが父・吉兵衛からもたらされたのであった。

それは師匠である赤山靱負に死罪の沙汰!

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